SEKIROは本当に難しいのか?この作品がゲームにもたらす革新。

 SEKIROは本当に難しいのか?

 この問いについての筆者の答えは、「ぶっちゃけ言うほど難しくないと思う」だ。

 

f:id:tmrossofantasma:20190412193753j:plain

 

 ふざけんな難しいに決まってるだろ、クリアできない人の気持ちを考えろ、と物申したい人もいるだろうけど、とりあえず記事を最後まで読んでほしい。あと、あくまで「言うほど難しくない」であって、難しいのは間違いないが、実際以上にそう感じてしまっているのではないか、そしてそれには理由があるのではないか、と言いたいのだ。

 そして筆者もまた、幾度となく死を向かえ、多くのNPCを病に苦しませた一人だ。さすがに難しすぎるのではないか、初めはそう思っていた。しかしゲームを進めるにつれてその感じ方に疑問が出てきたのだ。

 

 まずは、「なぜ多くの人がこのゲームは極めて難しいと感じるのか」ということについて筆者の意見を述べたいのだが、その前に、よかったら思い浮かべてみてほしいことがある。今までに読者の方自身が遊んできたゲームのことだ(1人用に限る)。たとえば3Dアクション、あるいは2Dアクション…シューティングゲームRPG……。

 そして思い出してみてほしい。それらのゲームでは、どうやって強敵(ボス)に打ち勝ってきたか。強敵に勝利するためのセオリーはなんだったか。

 

 筆者が思うに、これまでのゲームの多くに共通した、強敵に勝利するためのセオリーとは、「パターンの理解と、防御(回避含む)の質の向上」だった。

 ボスはこちらの攻撃はものともせず向かってくるので、とにかく敵の攻撃を耐え(避け)、必要に応じて回復し、限られたチャンスの中で攻撃を当て、また防御(回避)や回復に戻る。これをパターン化し、ひたすらに相手のライフが0になるまで繰り返した。ダークソウルでは取りあえず盾を構えて相手の周りを旋回し、ロックマンでは壁蹴りで様子を見て、ドラクエではスクルトフバーハをかけ、危険な攻撃の時には防御を固め、攻撃のチャンスを待った。

 つまり、ボス戦では、攻撃以上に防御の質が問われてきたのだ。なぜならボスは圧倒的体力とパワーによって、ただただ自分のペースで、前述した通りこちらの攻撃を無視して攻めてくるからだ。

 

f:id:tmrossofantasma:20190412182203j:plain

 

 人間同士の勝負事でよく用いられる言葉として、「先手必勝」「攻撃は最大の防御」「防戦一方」などという言葉がある。往々にして、先に攻撃したほうが有利なのだ。なぜなら、攻め手が取れる選択肢の方が、受け手が取れる選択肢に比べて圧倒的に多いからだ。攻め手が、いつどこから攻撃するか、それとも引くか、など自由に選べるのに対し、受け手はせいぜい、合わせてガードするか避けるかなど、限られた選択肢の中から次の手を選ばされることになる。こちらから攻め立て、相手に対応を求めることが、勝利への近道なのだ。

 だが、これは生身の人間同士の駆け引きの話だ。CPUと戦う、従来のゲームの多くでは、この理論は通用しなかった。防御・回避の質を高め、その合間を縫って攻撃するのがポピュラーな戦術だったと、筆者は思う。

 

 では、SEKIROはどうか。SEKIROでももちろん防御・回避、回復は捨て置けない要素だ。しかし、SEKIROの敵キャラは、人型であれば、基本的にはプレイヤーの攻撃を無視しない。こちらが刀で斬りかかれば、刀でその攻撃を防ぐ。時にはガードするために攻撃モーションの途中でそれを中断することすらある。こちらばかりが受け身になるのではなく、敵もまた、こちらの攻撃を防ぎ、弾き、反撃に転じようとしてくる。もちろんこちらもそれを弾き反撃できる。こちらを無視して攻めるのではなく、ただただ待つのでもなく、いかに攻めに転じるかという駆け引きを仕掛けてくる。さながら、生身の人間のようである。

f:id:tmrossofantasma:20190412190910j:plain

 

 さて、ここで最初に提示した問題に話題を戻そう。なぜ多くの人がSEKIROは極めて難しいと感じるのか。それは、SEKIROの戦闘システムが、今までのアクションゲームが培ったマンネリともいえる受け身になる戦いのセオリー、もとい、防御(回避)の質ばかりを問うゲーム性を、見事に打ち破っているからだ。そしてプレイヤーにもまた、それまでの殻を破りSEKIROについていくことが求められる。だから難しいのだ。新しく、未知だから難しく感じるのだ。

 前述した、あたかも意思を持った人間同士の戦いのような、攻防の駆け引き、信念を持った刀と刀のぶつかり合いこそが、このゲームの真骨頂なのだ。

 そして、このゲームのシステムはそれを推奨しているし、そのシステムを理解し使いこなしたとき、ただ難しいだけではない、これまでにはない新しい世界を、SEKIROは見せてくれる。

 

 SEKIROには、HPの他に、体幹というシステムがある。キャラクターが自らの体勢を保つ力(?)のようなものをゲージ化したものだ。攻撃を受けたりガードすることでゲージは溜まっていき、MAXになった時、体勢を崩してしまい、大ダメージのピンチとなる。逆にプレイヤーが敵の体勢を崩したなら、忍殺のチャンスとなり、HPを丸ごと奪うことができる。何もしなければ、時間経過と共にゲージは回復する。ポイントは、ガードしてもゲージが溜まるということだ。例え防がれようとも、攻めることに大きな意味がある。体幹ゲージを溜めさえすれば、一撃で葬ることができるのだから。

f:id:tmrossofantasma:20190412182516j:plain

 

 従来のゲームでも、こちらの攻撃をガードする敵は見られた。往々にしてガードさせても特にメリットがないので、こちらが隙を晒さないよう攻撃の手は控えめにして、相手が攻撃に転じて隙を晒すのを待った。SEKIROにおいてこの戦法は、勝てなくはないが、相手の体幹ゲージの回復を許し、戦いを長期化させ、集中力の持続を困難にし、最終的にプレイヤーを死に導こうとする。

 

 また、防御方法についても、弾きという、ガード硬直を短くし、相手の体幹を上昇させるシステムがある。相手の攻撃に合わせてタイミングよくガードを入力することで、ガキン!と心地いい音と共に相手の攻撃を弾き、防御しているにも関わらず相手の体幹は上昇する。さらに、場合によっては相手が軽く仰け反るので、すぐに反撃して攻めることが可能となり、HPと体幹を削り続けることが可能となる。いわば、攻めに繋がる防御システムだ。

 この弾きは、こちらが攻めている時には相手も使用し、反撃してくる。そしてそれに対してすぐに弾き返すこともでき、この時、ガキン!ガキン!ガキン!とお互いに刃を弾き合い、さながら時代劇のチャンバラのようなワンシーンが演出され、戦いの高揚感を与えてくれる。

 

(序盤のボス戦動画)

 

 攻め立て、弾かせ、相手の攻撃を弾こうとし続けるうちに、筆者はある一つのことに気付いた。

 例えば、生身の人間との勝負において、相手が自由に選択した行動に対して、こちらが最適な防御や反撃を毎回することは困難だ。しかし、何らかの方法でその選択肢を狭めることができれば、対応は可能になる。その最たる例は、先ほど述べたような、こちらから攻めるということだ。こちらから攻め立てれば、相手の行動は限られ、制しやすくなる。相手の動きが読めていれば、どんなに攻撃力が高くてもさほど関係はない。

 では、SEKIROにおいてはどうか。なんと、CPUと闘うSEKIROにおいても、全く同じことが言えるのだ。こちらが攻め立て、ガードさせていれば、いずれ相手はそれを弾いて、反撃してくる。そして、弾いた後に相手がどういう行動に出るか。そこに注意してよく見てみると、一つの大きな事実に気付くはずだ。そしてこれが、このゲームを攻略する上での、非常に大きなヒントとなる。

 従来の多くのゲームが防御を起点として攻略するゲームだったならば、SEKIROは攻撃を起点として攻略するゲームなのだと、筆者は感じた。もちろん、只管逃げ回って攻略することも不可能ではないし、強制するものでもないので、好きなように遊べばいいのは間違いないが。

 

 こういった駆け引きを楽しめるのは、主に人型の相手である。SEKIROに登場する敵の中には、暴れ狂う赤鬼や、猪突猛進な火牛のような、人ならざる者たちも居る。

 そういった敵には、当然ながら人間同士のような駆け引きは通用しない。ひたすら相手のペースで迫ってくるので、それをいかにいなすかという前述したような受け身の戦いが求められる。こういった敵は、ゲームシステムとマッチしていないという意見もあるが、よく言えば長年培われた従来のゲーム性を、捨て置くことなく取り入れているとも言える。

 また、こういった類の敵には、手早く倒すための弱点がたいてい用意されていて、ゲーム中でヒントを得ることができる。人ならざる者にそもそも正攻法で戦う必要はない、とSEKIROは言っているのだ。

 

 最初のうちは当然、ゲームシステムに対する理解が追いつかず、何度も倒されてしまうことだろう。システムのみならず、人、獣、怨霊と、個性あふれる敵キャラが多いのでなおさらだ。筆者含む歴戦のアクションゲーマーたちも、難しすぎると唸りを上げた。実際、このゲームの難易度は高い。

 しかしそれは前述した通り、今までの常識を覆す、革新的なゲームシステムだからこそ、実際以上にそう思ってしまう面もあると筆者は思う。また、その独特のシステムをプレイヤーに学ばせてくれるボスが、要所に配置されており、段階を踏んで理解できるように設計されているため、高難度と言えど、ある意味では親切な作りだと言える。各所の強敵は、プレイヤーに学習を求め、とてつもない達成感を与えてくれる。そして、最後に待ち受けるラスボスが、その総決算をしてくれることだろう。

 

f:id:tmrossofantasma:20190412190421j:plain

 

 今までの概念を壊し新たな領域へ進むことはとても難しい。しかしそれを果たした時、SEKIROはプレイヤーに全く新しい世界を見せてくれる。それに気づいたとき、誇張でもなんでもなく、SEKIROはアクションゲームの革命と言ってもいい、素晴らしい作品だと、筆者は確信した。そして、多くの人にこのゲームのすばらしさ、楽しさを味わってほしいと切に願うし、最後までやり抜いて、筆者と一緒にSEKIROの楽しさについて語り合ってほしい。